ゼルファス開発の記録|第2話
- R.Nakanishi

- 10月4日
- 読了時間: 8分
最終段階の攻防
本稿では、ゼルファスを製品版へ収束させる最終段階で、どう作り込んでいったか?製品化に至るまでの流れと道筋に焦点を当ててお伝えしようと思います。
造形と機能を一体にするという原点

僕のルアー作りは一貫して、造形と機能が一体化したものを重視してきました。ゼルファスの最終製品でもその姿勢は変わりません。ただしプロト【No.9】に至る途中までは、バス用ルアーの製作感覚が私の中に色濃く残っていました。 ソルトは内水面に比べて風が通りやすく、強風も起こりやすい。感覚的な表現になりますが、サーフシーンでは、地域によって風圧(風の中に含まれる水分や空気中の不純物の違いによる風の持つ力)が内水面と比べると圧倒的に違うと感じます。リザーバーや野池ではロングキャストといっても「せいぜい50m飛べば良い」という場面が多いのに対し、サーフでは岸からできるだけ遠投して広く探る前提になります。更にそこに海から吹く風の中でも押し負けることなく飛んでいく能力が必要になってくる。そこで【No.9】の仕上がりを見直すと、空気抵抗になりやすい部分がまだ多数残っていると感じました。その点はヒグチ釣具店・樋口さんにも指摘いただいていた部分でもありました。
顔つきの再設計——空気の流れを乱さない

長年の販売経験と実釣経験を持つヒグチ釣具店・樋口さんからは、数多くの示唆をいただきました。 「この内部構造や形状はよく飛ぶ」「この形は飛行姿勢が乱れにくい」——そうした経験と統計・科学的視点から【No.9】を見つめ直すと顔の凹凸が大きい点が、まず課題に挙がりました。ここをもっと削り込み空気抵抗を減らす。サーフでロングキャストを成立させるには、そのほうがもう一歩先のブレイク向こうまで届く可能性が高まる、という判断です。 僕自身も、今までアダスタで手掛けてきたルアーでは飛距離=ストレスフリーを重視してきました。投げて「よく飛んだ」、巻いて「しっかり動きが伝わる」、使い続けられる。ゼルファスでもこの軸は守り、顔つきとボディ全体の流線形状をさらに磨き込みました。結果、製品版は顔の凹凸を削り、空気の抜けを良くした設計に落ち着いています。
ロングキャストの本質——空中姿勢を乱さない

多数の比較検討から見えてきたのは、飛距離が伸びない最大の理由は飛行姿勢の乱れだということです。飛行中にボディが回転したり、ふらついたりすれば空気抵抗が急増して失速し、手前でポチャッと落ちてしまいます。
逆によく飛ぶルアーは着水点まで空中姿勢が安定しています。 ゼルファスでも、飛行姿勢の安定を最優先にボディフォルムを策定していきました。横から見たとき、テールを進行方向とすれば、ヘッドへ空気が抵抗なく流れる滑らかな流線であること。“ヘ”の字に曲がるようなラインや、下顎が腹ラインより下へ張り出す形は、空気を受けやすく失速の原因になるため、避けるように修正していきました。
【No.9】の到達点と、次の壁

【No.9】は、このサイズ感のリップレスミノーと比べて飛距離が良いという評価を得ていました。一方で、アクションは現行のゼルファスよりも“ゆったり”でした。樋口さんからは「それはそれで良い面もある」との評価もありましたが、スタッフからは「もっさりしすぎ」という意見も出ていました。 こうして「飛ぶ」は満たしはしたものの“より多くのアングラーから支持されるアクション”をどう引き出すかという次の課題がはっきりしました。
2フック仕様の難しさ——フックもウェイトである

ゼルファスは大物狙いの2フックを前提にしています(フロント#2、リア#3想定)。このフック自体がウェイトバランスとして効いてきます。特にフロントフックの位置はアクションの質を大きく左右します。 ただし、飛距離を伸ばすための重心移動の位置には制約があります。さらにリップレスミノーは「できるだけ水平に浮く」ほうが優れたアクションが出やすいことも、【No.9】前後の検証で確かめられていました。 したがってフロントフックは、
水平浮きが成立する範囲で、
キャスト後の巻き始めにラインを拾わず
魚がバイトした際にフッキングが決まる位置
かつ重心移動ウェイトの停止位置に近いこと
という条件を同時に満たす必要がありました。後ろ寄りにするとほんの少しでもテール下がりになり、着水からの立ち上がりがもたつく。このため、フック位置とウェイト停止位置を微細に動かし、前で止めるか後ろで止めるかまで含めて検証しました。実際には1/10mm単位で動かすだけで成立しなくなるほど、極端にシビアな世界だったのです。
浮力という言葉の正体——内部の空気量

今回、僕が改めて学んだのは、浮力=ルアー内部の空気量だということです。言葉としての「浮力」は便利ですが、実設計では空気室の“わずかな差”がアクションや潜航深度を大きく変えます。リップレスミノーというピーキーなジャンルだからこそ、"空気量が少し減るだけで潜航深度やアクションに大きく影響する"この事実は以降のルアー開発にとって非常に大きな学びとなりました。
“最終的な1個”に収束する

こうした積み上げの末、現在のゼルファスのセッティングは、数多くのパターンから選び抜いた“1個”だといえる位置に収まりました。フック位置やウェイト位置を微細に動かしただけでバランスが崩れるほどの世界で、飛距離とアクションの質の両立点を見つけたのです。 ここでようやく、「飛ぶ」と「より多くのアングラーから支持されるアクション」が同居し始めました。
2025年初頭・追い込み合宿――形状微調整の連日終段階の攻防

2025年の1~3月、金型着手のリミットが迫るなか、樋口さんに本社へ滞在いただき、3日連続で形状と飛距離・アクションのバランスを詰め切りました。 特に手を入れたのはテール形状と、口の直後の領域です。ルアーアクションの基本とされるカルマン渦の発生・利用をどこで作るかを念頭に、微細に削り・盛りを繰り返し、1日2〜3タイプをその場で3Dプリント → 即テスト確認 → CADで再修正というサイクルで詰めました。
フック×マグネットの干渉を断ち切る

遠投を支えるため、【No.9】より大径ウェイトボールを採用。しかしフロントフックは、それ自体がウェイトとしても作用し、マグネットの位置次第でフックがボディに吸着してしまいます。これでは飛行姿勢が乱れ、着水後のレスポンスも不安定になります。 解決策は、マグネットを斜め配置に変更し、フックには磁力が及ばず、ウェイトだけをホールドする位置関係へ最適化することでした。さらにサイズは小さいが現状入手できる最大級の磁力を持つネオジム磁石を選択し、フロント側の機構をコンパクト化。これにより、飛行姿勢とアクションの安定が同時に向上しました。
大物とのやり取りに耐える強度

アクションや飛距離といった性能を徹底的に追い込んできたゼルファスですが、同時に忘れてはならないのが実用強度です。いかに優れたアクションを備えていても、大物とのファイトの最中に破損してしまっては意味がありません。
特にゼルファスでは、大型のタングステンボールとゼノスパインを採用したことによる歪みが、特定の箇所に集中しやすいという課題がテストの中で明らかになってきたのです。
そこで開発段階では、各部の微細な内部形状を見直し、構造的な補強を重ねていきました。その結果、ラインアイとエイト環を結んだ引張強度は40kgを確保。大型魚とのやり取りで破壊されるリスクを最大限抑えています。
ゼルファスの内部構造は、ただ浮力を高めるだけでなく、その浮力と相反する「強度」という要素とのせめぎ合いの中で磨き上げられています。
結果として、アングラーのみなさんが安心して大物と真っ向勝負できる耐久性を備えたルアーへと仕上げることができたのです。
結びに

「より良いものをアングラーの皆さんに届けたい」というメンバー共通の思いを出し合い、ぶつけあい、融合させた先に、いまのゼルファスがあります。長い時間をかけ、前例のないレベルで形状・機構の試行を繰り返し、ようやく“飛ぶ×動く×破綻しない”という解に到達できました。
今回ゼルファスの開発を通じて、自分自身の未熟な部分と対峙し、見つめ直すことができ、非常に多くの学びを得ることができました。それは全てゼルファスという製品が結びつけてくれたご縁。携わっていただいたヒグチ釣具店樋口さん、ADUSTA営業の安保くんに感謝しかありません。
ようやく皆様の手元に届けることができたゼルファス133F。「これじゃないと届かなかった場所」へ「これだから獲れた魚」との出会いを、ぜひ体験していただければ幸いです。





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